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@茶道の楽しい情報
茶道と言うのは色々あり、紹介したいがしきれないので、一般的に使われている用語を中心に紹介したいと思います
茶道の歴史
茶道の歴史を少しご紹介します。
【栄西禅師】
1191:宋より帰国。茶種を持ち帰る。
1211:「喫茶養生記」を著す。禅と茶。
”闘茶”・”唐物”の流行。
1397:足利義光、金閣寺造営。
茶の湯、生け花が流行。書院茶。
【村田珠光】
侘び茶を起こす。一休和尚(大徳寺)。
戦国時代、堺衆と茶の湯。
【武野紹鴎】侘び茶の心を新しい茶道具で表現します。
1533:奈良の漆屋、松屋、久政・久好・久重の三代、百数十年にわたる茶会記録「松屋会記」の初年記録。
1535:武野紹鴎、堺に戻り、堺文化の担い手として指導的役割を果たします。
【千利休-表千家、裏千家、武者小路千家】
1539:武野紹鴎に師事。
1548:堺の豪商、天王寺屋 津田宗達・宗及・宗凡の三代にわたる茶会記録「天王寺屋会記」初年記録。
1568:千利休、今井宗久、津田宗及の三人が、茶頭として織田信長に仕える。
1582:利休、豊臣秀吉の茶頭となり、茶頭としてのみならず秀吉も側近として重要な立場に立つ。
完成された侘び茶。
1585:利休、秀吉が関白になるのを記念する茶会に、居士名「利休」で出席。
1587:”北野大茶湯”が催される。
1592:利休、秀吉と対立し、二月二十八日、切腹。
【古田織部】大名たちの茶と”堂上茶”。
【小堀遠州-遠州流、片桐石州、後西天皇、金森宗和、野々村仁清】
1612:小堀遠州、大徳寺弧蓬庵の茶室、亡筌を創設。
1660:後水尾天皇、修学院離宮を完成。桂離宮。
1868:明治維新によって武家階層の支持者を失い、茶の湯衰退。
【益田鈍翁】荒廃しつつあった仏教美術や東洋の古美術を収集し、茶の湯に入る。
1885:裏千家十一世家元、玄々斎宗室によって立礼式始まる。
1895:新興の政財界人によって、茶の復興始まる。
1912:原三渓、大正初年頃より、茶器の収集に尽力。
1945:第二次世界大戦後、女性を中心に未曾有の茶道人口が出現。
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